甲状腺の検査の結果

2017/9/12

 

長々と、辛気臭い昔話に付き合っていただき、

ありがとうございました。

 

私的には、あまりにも長い間、話せなかったことなので

声に出しては、なかなか話せないことでも

Blogという形で、キーボードに向かってなら

素直な気持ちを、打つことができました。

 

嫌な気分になられた方も、いらっしゃったかもしれませんが

あくまでも、私自身の個人体験だと思って

聞き流してください。

 

私の中には、払拭しきれない思いもありますが

そんなことは、世の中ごまんとあるので

ここに書いたことによって、救われたことは確かです。

 

 

 

 

で、今日は、以前から検査していました

「甲状腺」の検査結果が出た日でした。

主人と2人で聞きに行き、先生に話を伺いました。

 

結果は、幸いにも classⅡ:良性異型「良性の腫瘍」と言うことでした。

半年後に、またエコー検査と言われました。

経過観察は、いるみたいでしたが、ひとまず安心しました。

 

 

ご心配いただきまして、ありがとうございました。

 

私の家系は、「癌体質」なので、遺伝ではないと言われても

結構、というか、ほぼ亡くなった家族は「癌」なので

「もしや・・・」と少し覚悟していたのですが

本当によかったです。

「classⅡ」が「Stage2」出なくてよかった。

 

 

先生のお話を聞くとき、iphoneの「ボイスメモ」を置いて、録音していました。

病気の話は、わかりにくく、ましてや、ショックなことを言われたときは

先生は淡々と、こっちは、頭まっ色状態なので、これはオススメですよ。

 

家族が病気の時も、先生の説明を受けるときにも、オススメです。

先生は、専門用語で攻め入ってくるので、こちらの砦は崩れっぱなしなので

その「ざる的」存在です。

 

 

バンの話も、病気も、一段落したので

これから、大変なこともたくさんありますが、ガンバルゾ〜〜〜!!!!

 

ね、sora💕(久々の登場!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「犬を飼う」〜ガス室送りになったバン〜 4

2017/9/11

 

 

そうこうしてる内に40年という時間が経ちました。

 

40年というと、ものすごく時間が経っているのですが
バンの事件は、私にとっては、
昨日の事のような「罪の意識」で残っていました。

 

やっと犬の飼える環境になったというのもあり
思い切って、子犬を飼うことにしたのです。

 

「ガス室送り」になったバンの代わりに
「保護犬を」と思ったのです。
保健所に行く子を助けたいと、思ったからです。

どこか、シェパードに似た子を見つけたいと、探していました。

そんな時、主人が、少しシェパードの子供に似た子を
インターネットの里親サイトで見つけてくれたのです。

 

 

 

 

新しい子を、迎え入れて、改めて気づかされた事がありました。

私は、自分がバンを「飼って」はいなかったのだと。
確かに、お世話は全てしていましたし、かわいがりもしていましたが
「飼う」と言うことが、根本から分かっていなかったのだと思いました。

 

「飼う・家族に迎える」と言うことは
その子の「生」に「責任を負う」と言うことなのだと。
食べ物も、ウンチも、散歩も、注射や病院も、
全てを請け負ってこそ「飼う」と言う事なのだと知らせらました。

私は、バンは心の底から、可愛がっていましたが
「生」に責任を持っていませんでした。
だから、あんな悲しい事が起きてしまったのだと分かったのです。
誰のせいでもなく、「責任」を持っていなかった自分のせいなのだと
40年経って、やっと気付いたのです。

 

 

新しい子は「sora」
ちょっとバンに似ています。
飼う前は、soraを可愛がったら、バンがかわいそう・・・・。
と、思っていましたが、違いました。
面影がダブって、可愛がれないかと思っていたのが
soraを可愛がれば可愛がるほど、バンとは別の子なんだと感じるのです。

バンはバン。soraはsora。と分離して、感じられるのです。

 

もしかしたら、バンが生まれ変わって、
また、私の元に来てくれたのかもしれないけど
ちゃんと、違う子なんだと頭でわかります。

40年かけて、私は、バンのトラウマから
soraを通じて、少しだけ、解放された気がします。

 

この辛い話を、泣きながらでも書けるのも、
「犬を飼う」という事の本質が、分かったような気がしたからです。

 

心の底から、バンに「ごめんね。」を言いたい。

 

バンの写真は、本当に少なく、実家のアルバムにしか眠っていなく
久々にバンの顔を見て、やっと話す事ができました。

 

私はバンが、いつ亡くなったのかを知りません。
お骨も手元になく、拝んであげる事もできません。

 

バンは、私の事を恨んでるかもしれませんが
「心の底から愛していたのは確かです。」

 

虹の橋のたもとで、いまも待っていてくれてるとしたら
再会した時は、soraも紹介するね。

 

そして「また、逢おうね。バン。」

 

 

 

 

 

最後に愛犬を亡くされて、辛い立場にいらっしゃる方に、伝えたいです。
新しい子を飼っても、前の子は悲しまないと思います。
そして、別の子だと感じると思います。
亡くした悲しみは、新たな命でしか、埋めれないのだと
私は、身をもって感じました。
そして、それは、長ければ長いだけ、
トラウマになってしまうという事です。

 

 

長々と、お付き合いいただき、ありがとうございました。

バンの事が書けて、良かったです。
長い間の、胸のつかえが少し、軽くなった気がします。

 

 

私の大切なバンの話ができて、本当に良かったです。

「彼」の生きた証がを、残す事ができて良かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「犬を飼う」〜ガス室送りになったバン〜 3

2017/9/10

 

 

私にとっては、可愛くて仕方ない子でも、
毎日の散歩で連れて歩くには、田舎の道は偏見に満ちていました。
周りの人からすれば、シェパードは大きな怖い「犬」なのです。
どんなに訓練してあっても、見た目で「怖い」と言われてしまうのが大型犬です。

昭和50年代、ペットブームなんて言葉のない頃
せいぜい、頭のいい犬は「名犬ラッシー」ぐらしか
知らない、田舎の周りの大人たちでした。
大きな犬がいるだけで、「うちの子供達が怖がる」と言われ
言われのない偏見を受け、自宅にまで文句を言いに来る近所のおじさんたち。

 

どんなに訓練しているから、大丈夫と言っても納得してくれませんでした。

 

そして世の中の、偏見の目に、

対抗できるほど私はまだ大人ではありませんでした。

 

そんなバンを、飼っていたのは私で
家族は、ほとんどバンに対しては、愛情を持っていませんでした。
バンもまた、私の言うことはよく聞きましたが
家族には、反抗こそしませんが
父が「つけ!」と命令しても、私の左足の横に来てしまう始末でした。

両親も、自分が飼っているという感覚があれば
近所の苦情も、はねつける事ができたのでしょうが
「愛情」が無いというのは、「どうでもいい」になるのでしょうか。。。。

 

そんな問題が起こっている頃
ちょうど、私は進学の時を迎えていました。
この、親の元から、離れたい一心で、大阪の学校への進学が決まっていました。

 

バンの事は、とても気にはなっていましたが
帰れば会えると思っていましたし
それよりも、家庭の地獄から抜け出せる喜びの方が強かったです。

 

私は、現状の苦しみから救ってくれたバンを置いて
現状からの脱出に、浮き足立ち、大阪へ出て行ったのです。
「またねバン。夏にね。」と言っただけで。

もう、二度と逢えなくなるとも知らずに・・・・

 

近所の苦情など、どうにかなると、あまり重く考えていなかったのです。

 

 

 

 

大阪の学生生活は、本当に楽しいものでした。
苦しかった生活から抜け出れて、同じ道を目指す友人たちと
楽しい毎日を過ごしていた初夏の頃、
田舎の母から、「私にとって最悪の電話」がありました。

 

「バンを保健所に渡しから。」
と、悪びれる事もなく、さらっと唐突に言われたのです。
母の言っている意味が、とっさには理解できず
「なんで!なんで私に何の断りもなく、そんな事するの!」
と、怒りをあらわにすると
「だって、あんたに言っても、ダメだって言うに決まってるでしょ。
だから、もう引き渡しちゃった。」
と、あっさり言う母が、どんなに憎かったことでしょう。
「連れて行かれる時、なんか、おかしな感じがしたんだろうね。
なかなかトラックに入らなかったよ。」
と、私に言う母は、私がどんな気持ちになるのか分からない人なんだと思いました。
40年も前のことなのに、今思い出してこれを書いても
かわいそうで、涙が出ます。
かわいそうなのと、申し訳ないので
バンに謝っても、謝りきれない。

 

何がどうなったのかわからず、車に乗せられるバンの姿が
ちらついて、眠れませんでした。

 

当分、寮のベッドで泣いて暮らしました。
苦しかった、私の生活に光を当ててくれたバンだったのに
私は、彼を見捨てて、責任を果たせなかった。

 

 

 

 

 

夏に田舎に帰った時に、保健所に電話をして
「今でもいるなら、もう一度引き取りたい。」というと
「ここには1週間しかいなんだよ。」と、言われ
保健所の現状を、初めて知ったのです。

 

あんなに、賢く素晴らしい犬を
バンを、私は「ガス室送り」にしてしまったのです。
どんなに苦しかったことでしょう。
冷たい鉄格子の中で
どんなに私を待っていたかと思うと
今でも、胸が押しつぶされそうです。

当分両親を、文句を言ってきた近所の人を許せませんでした。

夢に、何度も何度もバンが出てきて
「生きていたのね」と抱きしめ、泣きながら、
何度目覚めたことでしょう。

 

そんなことがあり、そんな話を、全く誰にもできず
バンの犬生を全うしてあげることができなかったのです。
私は、罪の意識と、バンへの申し訳なさで、新しい子が飼えなかったのです。

 

新しい子を飼うことは、あんな仕打ちをしたバンに悪くて
可愛がることができないと思ったのです。
映画の「南極物語」とか、犬のドキュメンタリーとか見ると
バンとダブって、嗚咽してしまうのです。

 

 

 

4へ  つづく

 

 

 

 

 

 

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「犬を飼う」〜ガス室送りになったバン〜 2

2017/9/9

 

 

バンは生後3ヶ月で我が家に来て、6ヶ月になる頃
半年間ぐらいだったと思いますが・・・だったかな?
警察犬の初等・中等訓練のため、訓練所に預けることになりました。
確か、月3万だったと思います。

 

面会は遠かったので、親に車で連れて行ってもらうしかないので
1ヶ月に1回くらいしか、会いに行けませんでしたが
バンは、ちゃんと私のことを覚えていて
訓練に勤しんでいる姿を見せてくれました。

訓練所では、それぞれ名札がかかっているのですが
みんな、そうそうたる名前で「シーザー」とか「アレキサンダー」とか
その横で「バン」って・・・・・なんか、弱そう名前でゴメンねって感じでした。
バンの本名(血統書名)は「ボルゴ・フォン・シマネ」です。
ボルゴの方が、カッコよかったね。

 

初等/中等訓練が終わると、修了試験が東京でありました。
とても、鼻のいい子で
匂いを嗅がして、同じものを取ってくる「臭気選別」では、満点でした。

警察犬になるためには、その後1年くらいだったかな?
高等訓練を受けなければなりません。
その時点で、高等訓練を受けるか、受けないのかを
判断しなければなりませんでした。

初等/中等訓練の修了試験は、とても優秀な成績で通過したのですが
足の関節が悪く、警察犬には難しいと判断し
高等訓練には出しませんでした。
子犬の時、大型犬はカルシュウムをたくさん与えないといけなかったのを
知識がなく、骨の成長と、体の成長が追いつかなかったらしいです。

その後バンは、結構関節痛で病院通いをしました。
寒くなると、足を引きずって、歩いていました。

 

警察犬になれなくても、私にとっては
かわいいバンに、変わりがなく
やっと家に帰って来たバンは、可愛くて仕方ありませんでした。

訓練を終えたバンは、体もすっかり成犬になり大きく成長して
30kg以上はあったと思います。
訓練を終えて、帰って来たバンは
脚側歩行はもちろん、立って待ても、座って待ても
ずっと待ても、難なくこなし、命令1つで、高い塀も飛び越えて行きました。
匂いを嗅がして、同じものを取ってくる臭気選別のも
難なくこなす「彼」を見ると
自分のとこの子とは思えない、鼻の高い感じでした。

 

犬の基本の訓練の仕方は、その時訓練士さんから教わったものです。
それは、soraを飼い始めた時に、ものすごく役に立ちました。

 

余談ですが、当時の訓練はスパルタでした。
特に、大型犬に関しては、
「女の子は、なめられて命令を聞かないから
言うことを聞かなかった時には、皮のリードで、
鼻先を思いっきり、叩いてください。
犬は痛点が低いので、そんなに痛がりませんし
自分の手で叩くと、こっちが痛いですから。」
と、卒業する時に指導された。
今の、褒めて育てるとは、正反対です。

そんなもんなんだと、さほど不思議にも思いませんでした。
できた時は、よく褒め、できなかった時は、やはり叩いていたと思います。
もちろん、そんなに何回もはしなかったけど
かわいそうなことをしました。

犬の訓練も、時代が変われば、随分言うことが違うものですね。
犬も、体罰は嫌なはずなのに
当時は、あまり「犬にも豊かな感情がある」とは、
思われていなかったのかもしれません。

 

 

 

3へ  つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「犬を飼う」〜ガス室送りになったバン〜 1

2017/9/8

 

 

 

今から書く話は、私が長い間
話したことのない話です。
知っているのは、ほんの数人しかいません。
辛すぎて、40年も話せなかった話です。

私が子供の頃飼っていた、愛犬の話です。

実家に帰った時、懐かしい写真が出てきたので
昔の写真で、ピンボケも多く
枚数も少ないのですが、ここに載せておきます。

 

話した事がないので、記録のつもりもあり、細かく書きます。

長くなりますが、お付き合いください。

 

長くなるので4回に分けて、アップしていきます。

 

 

私は高校生の頃、シェパードを飼っていました。

当時、TVで「刑事犬カール」と言うのをしていて
その警察犬の賢さに感激して、どーしてもシェパードが飼いたかったのです。

 

それ以前にも。雑種の子を何匹も飼っていました。
犬は好きなのですが
昔のことなので、どういうのが可愛がっているかということなのか
全く分かっていなかったと思います。

 

 

その頃、我が家は、父が大病をきっかけに
アルコール依存症になり、家庭内は結構悲惨なものでした。
多感な時期でもあり、誰にも相談できず
私の心は、殺伐としたものがありました。
学校は楽しいのですが、家庭に安らぎがなく
呼吸をするのも苦しい毎日でした。

 

学校の課題で「家族」について作文を、と言われても
「家族については何も書きたくありません。」と提出したくらいでした。
家族の話を、誰にもしたくなかったのです。

 

そんな、地獄の毎日から、何かに目をそらしたかったのです。
「愛して、愛されるものが、欲しかったのです。」
そして、犬なら「絶対に自分を裏切らない」と思い
賢い犬が、飼いたいと思ったのです。

 

子供で浅はかだったので
血統書付の犬は、「賢い」と単純に思っていました。
いえ、心の底から思っていました。
雑種より、血統書付の方が「賢い」と。
(後に、soraを飼って、その考えが全く間違っていたことに
気づくのに40年もかかってしまいましたけど・・・・)

ずっと、雑種を飼っていたので
一度、血統書付の犬を飼ってみたいという、浅はかさも上塗りされてました。

 

 

当時、うちの近所には・・・と言うか時代なのか?ペットショップは無く、
新聞の「譲ります」コーナーに、3ヶ月のシェパードの子犬の記事が載っていました。

確か、当時、シェパードの子犬1匹、3万円だったと思います。
ブリーダーさんから直接買いました。

 

さすがに大型犬なので
捨て犬を拾ってくる感覚な様にはいかず
「半分自分がお金を出すから買って欲しい」と親に頼みました。
親もその当時の家庭環境が、子供に良くないと思ったのか
あまり、もめる事なく飼う事になったと思います。

 

今から考えれば、よく飼ってくれたなと思います。
大型犬だから、いろいろお金がかかるのに
飼ってくれたのには、感謝しています。

 

60km離れたブリーダーさんの所に行きました。
生後3ヶ月の男の子を、貰いに行くのに
小さな、パピー用の首輪を持って行ったのですが、
もうすでに、10kgぐらいはあったと思います。
大きくて。ビックリした記憶があります。

この写真は、ウチ来た時の写真です。

 

車の中で何回も吐きながら、帰って来ました。

 

名前を「バン」と名づけました。
まだ子供だった私は、その時TVでやっていた
山口百恵ちゃんの「赤い疑惑」に出てくる
柴犬の名前が、確かフランス語で「Le vent」(バン)。
「風」を意味する言葉でした。
その素敵な名前を取って「バン」としました。

 

豪華な血統書ももらい
これが「血統書」っていうものなね。
と思いましたが、それを使うことは二度とありませんでした。

 

当時は、犬を家の中で飼うという感覚が全くなかったし
大型犬なので、なおさらなく
小さなバンを、外に1匹で出していました。

 

確か当時は、まだワクチンを打つ習慣も
フィラリアの薬もフロントラインもありませんでした。
犬舎には、防虫ライトをつけ、蚊取り線香を焚き
蚊に気をつけていました。

大型犬の上、オスなので大きくなることを予想して
大きな犬舎も建てました。
コンクリートと、鉄格子の相当立派なものでした。

 

 

暗い、私の生活は「バン」のお陰で一変しました。
寂しさも、足りない「愛」も、バンが補ってくれました。

 

私は、高校生で部活が忙しく、夜帰りも遅く
毎日の散歩は、今から考えると、
きっと大型犬のバンには、少し運動量が足りなかったねバン。ゴメンね。

 

 

2へ つづく

 

 

 

 

 

 

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