父の命日

2018/3/11

 

今日は、東日本大震災の日。

「鎮魂の日」ですね。

 

実は、私の父の命日でもあります。

私の父は、14年も前に亡くなっていますが

もう、そんなに時間が経ったのかと、不思議なくらいです。

 

73歳で、膀胱癌で亡くなりました。

息を引き取った時の、その時のことは

つい昨日のことのように思い出されます。

 

とても、温厚で全く怒らない、朗らかな人でした。

若い時は、本当にイケメンで 、古いですが「田宮二郎」に似ていました。

 

若い時、役所で働いていて、激務続きで、42歳でくも膜下出血で倒れ

40日間も意識不明でしたが、幸運にも生還してきました。

でも、父の人生は、大きく崩れ、方向転換をせざるを得ませんでした。

四肢麻痺は出ませんでしたが、思考能力にダメージを受けて

聡明だった父は、別人になって病院から帰ってきました。

でも、人間の体の回復力とはすごいもので、30年経って、亡くなる頃には

ほぼ昔の父のようになっていました。

時間はかかりましたが、人間の力って神秘ですね。

 

 

年をとってからは「植木等」に似ていました。

これは、なくなる1年前の写真です。

父との写真なので、私も登場!恐ろしくスッピンです。

 

去年、私の従兄弟が「くも膜下出血」で倒れ、大きな後遺症が出たのですが

今の医学はすごいですね、手術によって、かなり回復しました。

体質的なことがあるので、私たちも気にしていますが、倒れたことも驚きでしたが

医学の進歩に救われました。

 

あの当時、そんなことができたら、父もあんなに苦しまずに済んだと思うと

気の毒です。

それに伴って、当然、私たち家族の生活も、大きく変わってしまったのですが、

でも、いつでも、どの時代でも「病気」は家族を巻き込み

大きく人生が変わってしまいますよね。

「健康が1番だ!」と、それが1番の財産なのだと心の底から思います。

 

 

 

 

余談ですが

父が「膀胱癌」で闘病している時に、飛行機で田舎と東京を行き来しようとしたら

なんと、「介護割引」というのがあって、申請すると

チケットの割引があるというものがありました。(今はあるか知りませんが)

今は、飛行機も安くなったので、ないかもしれませんね。

でも、申請手続きをしている途中に、父は亡くなってしまいました。

当時、東京に住んでいたので、なかなか帰られず

「親の死に目には会えないだろう」と、漠然と思っていたのですが

幸運にも、私は臨終に立ち会うことができて、本当に良かったです。

ちゃんと、お別れができるのと、できないのとは、自分の中の何かが

違うような気がしました。

 

人が亡くなるというのは、本当に不思議なものですね。

さっきまで、生きてた人が亡くなって横たわっている。

でも、そこに横たわっているその人は、昨日まで寝ていた父でなく

「物体」にしか私には見えなかったのです。

「魂」が抜けてしまうと、明らかに違うんだと感じてしまいました。

さっきまで、そこにいた父は、どこに逝ってしまったのだろう・・・

 

「二度と会えないんだ」という喪失感は、しばらく続きました。

 

 

 

命日なので「父」のことを書いてみました。

生きていれば、今年米寿でした。

 

 

 

東日本大震災で亡くなった

大勢の方の、無念の御霊が成仏できますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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二度と会えないということ。

2017/6/24

 

小林麻央さんが亡くなったことで

少し、「亡くなる」ということについて書きたいと思います。

 

 

多かれ少なかれ、ある程度、年齢のいった人なら

大切な方との別れを経験してこられてると思います。

家族であったり、友人であったり、ペットであったり・・・・。

 

 

 

 

私にとっては、父との「別れ」とは

想像をはるかに超えた、経験でした。

 

別に、そんなに仲が良かったわけでもなく

どちらかというと、遠ざけていたぐらいの存在でした。

高校卒業とともに、実家から出て、そのまま一緒に暮らすことはありませんでした。

ある日、病気が発覚して、看病のため帰省してる病院で

父の友人に言われました。

「看病は、お父さんのためでなく、あなたの納得のためにするものなのよ」

と。

「どんなに手厚い介護や看病をしてあげても、亡くなってしまえば必ず後悔します。もっと、ああすれば良かった。こうしてあげれば良かったのでは?と。でも、その後悔の後に、自分はやるべきことは、精一杯してあげたと、思えるかどうかです。」

と、病院の廊下で言われたことが、ずっと心に残りました。

 

自分の思いのみで、生きてきましたが

父は父の苦しみがあったのだと、思えるようになった時

相手の立場で、考えられるようになって初めて、

父との距離が縮んだように感じられました。

 

それを、気づくのに遅かったとは思っていません。

私には、父の年齢の近くまで来ないと、感じられないことだったのです。

父が、若くして病で倒れて、後遺症で苦しんだ年齢まで来ないと。

 

 

私は、心のどこかで、親の死に目には立ち会えないだろう。

と、思っていました。遠く離れていましたし、

長い間、離れて暮らしていたので、

亡くなっても、自分の生活に変化がないと思っていました。

 

 

私は、幸運にも父の死の間際に間に合い、立ち会えることができました。

麻央さんが、「愛してる」と言い残して、旅立たれたように

父も、子供達が到着するのを待って、亡くなっていきました。

旅立つことは変えられなくても、自分の意思で、その時を選んでいるのだと感じます。

それが、精一杯の「愛」なのだと。

 

 

心電図が一本の線になって、静寂が訪れた父は、

もう今までの「父」ではありませんでした。

体はそこに横たわっているのですが、

眠っているのと、死んでいるのは、こんなに違うのかと驚愕しました。

「魂」は本当にあるんだと思いました。

魂の抜けた父は、本当に抜け殼のように感じて

「お父ちゃん・・・・どこに行ったんだろう・・・・」

と感じました。

今の今まで、そこにいた人の気配が、まるっきり消えて

「旅立ったんだ・・・・」と肌で感じました。

 

 

人は「死」して、残された人に、多くのものを残してくれると感じます。

いなくなって、初めてその人の存在が、大きく浮き彫りになってきます。

そして、いろいろとまなぶんでしょうね。

人って、そうやって、悲しみを乗り越えて、

一つ一つ成長させてもらうんでしょうね。

 

「二度と会えない」とよく使いますが、父が亡くなった時

「本当に、もう二度と会うことはできないんだ」と感じた時

想像していた、悲しみをはるかに超えていて、自分でも意外でした。

遠く離れて暮らしていたので、元気な時も

そんなに会わないので、亡くなっても、そんなに

変わらないだろうと思っていた生活は

心に大きな穴があきました。

 

二度と会うことがなくても、生きていれば、どこかで会えるかも・・・

と思えますが、

「絶対に、もう二度と会えない。会うことができない。」と感じた時

これが「死ぬ」ってことなんだな・・・・・。と思ったのを思い出します。

 

 

それは、大切なペットをなくしても一緒だと思います。

 

 

その、心にあいた穴は「時間」でしか埋めていけないので

じっと待つしかないんですね。

 

 

 

 

 

余談ですが、私は以前

お子さんを亡くされた、お母さんたちの、翻訳本の仕事をしたことがあります。

その中で、

「亡くなった子供の話を、避けて通られると、さらに悲しい。

亡くなった子供の話を、したいのです。生きていた証に。」

と、ありました。

悲しみは、吐き出すことによって、少しづつ薄まっていきます。

溜め込まないで、亡くなった人の話、亡くなったワンちゃんの話をしましょう。

悲しい時は、悲しまないと、悲しみが鬱積してしまうからです。

もしも、お近くに、誰かを亡くされた方がいらっしゃったら

その方の、そのワンちゃんの話を聞いてあげてください。

きっと、話したいと思っていますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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