気力が・・・

2020/07/28

 

 

昨日の、幼馴染の訃報で、精神的にかなりダメージを受けてしまった私。

昨日の朝、出棺前にあって「お別れ」をして

その後、3時からのお葬式のは、喪服のことやコロナのこともあり遠慮した。

でも、後で「喪服借りて」出席すれば良かったと少し後悔した。

でも、全く頭が回らなかった。。。というのが事実。

一応、色々と家族の用事を済ませて、3時くらいに帰路に着いた。

途中また豪雨だったり、道が土砂崩れで通行止めと、散々。

3.4時間で帰れるとこ、6時間かかってしまった。

思い出すと泣けて、泣きながら運転して帰った。

食欲もなく、睡眠もよく取れなかった。

 

 

子供の頃、73歳でおじいちゃんが亡くなった時

「もう、十分生きたから、おじいちゃん後悔ないね。」

と小学生の私は思っていた。

でも、自分が年取ってきて、

「生きること」に「十分」ってことは無いんだと気付いた。

父が亡くなる前、「やっぱり死ぬことは怖い」と言っていたのもそうだ。

生きれば生きるだけ、「生」への執着は湧くのかも。当たり前なのかもしれない。

だから、「命を粗末にしてはいけない」

どんなに苦しくても、自ら命を絶ってはダメなのだと思う。

 

昔、S郎おじちゃんと一緒に「死後の世界」を描いた映画を見ました。

それは、怖いお話ではなく、とても芸術的に綺麗な世界観を持ったものでしたが

普通に亡くなった人と、自殺で亡くなった人は、その世界で交われない。

という内容でした。

真実は、誰にもわからないけど、なんか、それって納得できるようか感じがしたのです。

誰かが言ってた、自殺は「魔が差す」それだけ。

その「魔」に惑わされないよう、思いとどまらないとね。

 

宗教的な話になってすみません。

決して、宗教ではなく、単なる私の「人生観」の話ですから。

ちょっと、ナーバスになってるので、許してください。

 

今年、我が家の庭に咲いた「ひまわり」
ひまわりに「力」を貰おう!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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信じられない訃報。

2020/07/27

 

 

昨晩夜中に入ってきたメールは、高校時代の友人からでした。

「恵子さんが、なくなった。」

と言う短いメールでした。

「恵子」と言うのは、私の幼馴染。

「なくなった。」と言うひらがなが、「亡くなった」なのか「無くなった」

なのかが分からず、「亡くなった」と言う言葉を信じられず・・・

いや、信じたくなかったのです。

でも、そのメールとは別に、中学時代の友人から2人も、電話が入っていて

この時期に、私が実家に帰ってることなど、分かるはずもなく・・・・

眠れない夜を、明かしました。

 

 

5時に起き、昨日の友人たちに連絡を取りたいけど、さすがに朝早すぎて気がひける。

6時まで待って、たまらず電話しました。

・・・・やはり恵ちゃんは、亡くなっていました。

「恵ちゃん」は、私の幼馴染。小学校・中学校・高校と一緒。

とても仲が良く、今でも、ずっと付き合いがありました。

あまりのショックに、信じられない気持ちと共に、涙が溢れて、話ができません。

おととい亡くなり、昨日お通夜で、同級生のみんなで、お家に行ったみたいだったらしいです。

今日、3時に葬儀があるとのことでしたが、コロナで30分並んで焼香のみ

とのことでした。

 

うちの田舎は、葬儀の前に、出棺して荼毘にふしてしまいますので

本人に会うためには、どうしてもお通夜に会いに行かなければなりません。

葬祭場に電話して、出棺の時間を聞いたら、「ご自宅からです。」とのこと。

斎場の人が気を利かせて、出棺の時間「9時半」と教えてくださった。

その時点で、7時半。

コロナで、自宅に行くのは気がひけるし、申し訳ない。

ましてや、喪服も持ってないし・・・・

でも、そんなこと言ってられない。広島なら会えないけど、ここなら

非常識と言われても、恵ちゃんに最後のお別れができる。

そう思い、思い切って電話を・・・・と思ったら、恵ちゃんの携帯しかしらなかった。

ダメもとで、かけてみた。RRRRR カチャ!男の人が出た!

「私、広島の○○です。ご家族の方のみでの出棺だと思いますが、その前に少しだけ、恵子さん拝ませてもらえませんか?」

と頼むと、旦那さんだと思ったその人は「息子さん」でした。

「○○さんですか?母から聞いてます。来てください。」

とおっしゃってくれました。

その、「○○さんですか?」と言うのは、私の子供の頃のニックネームでした。

それを聞いた瞬間、会ったこともない息子さんに私の事を話してくれてたと思うと、堰を切ったように涙が出た。

 

TシャツにGパン。とても、伺える格好ではなかったけど

香典袋を急ぎ準備して、車を走らせた。8時10分。

 

コロナのせいなのか、お家には、出棺前だと言うのに

あまり、親戚の人もいなくて、玄関先で、息子さん2人と旦那さんが迎えてくれた。

もう、涙であまりちゃんとした挨拶はできなかったけど

お部屋に入ると、恵ちゃんの棺と祭壇。

その横に、小さくなった「お父さん、お母さん」がいらっしゃった。

多分90歳前くらいじゃないかと・・・・あまりにも辛すぎる。

畳に、額をこすりつけるように挨拶をして、まず恵ちゃんのところに行った。

お線香を立て、棺の中の恵ちゃんを覗き込んだ。

いつも、いつも笑顔だった恵ちゃんは、そこにいませんでした・・・・

ただただ、深い眠りについている恵ちゃん。。。。。

「恵ちゃん。。。恵ちゃん。。。。」何度話しかけても、

閉じられた目は開かず、小さく口元が開いて白い歯が見えた。

私は、嗚咽を隠しきれず、笑顔しか見たことのない恵ちゃんに話しかけた。

 

小さな時から、大好きでした。

子供の頃から「恵ちゃんって、うちのお母ちゃんに顔が似てる〜!」とよく言ってました。

だから、すごく親しみが湧いていたんです。

大人になっても、その感覚は変わらず、大好きでした。

夫婦で、広島の家にも泊まりに来てくれました。

その旦那さんが、恵ちゃんの最後を泣きながら色々話してくださった。

ずっと、甲状腺の病を抱えていたけど、

去年の末に、再検査したら末期の甲状腺ガンになっていたらしい。

もう、その時点で手遅れだったらしい。

ご両親が、まだご健在なので、誰にも言わないでと、知らせなかったらしい。

笑顔しか、思い出せない恵ちゃんなのに、最後は辛かったね。

それでも、出棺前のお忙しい中10分くらい話してくださった。

最後に、もう一度 恵ちゃんにお別れを言って、帰りました。

信じられなくて、辛くて。

本当は、旦那さんや息子さんに「とても素敵なお母さんでした。」と

声をかけてあげるべきでしたが、あまりに自分が一杯一杯で

息子さんたちに「運転気をつけて帰ってください」と

泣きながら運転する私を逆に心配される始末でした。

 

こんな時期だから、県外の遠くの私たちには、連絡がなかったのだろうけど

たまたま、帰省していて、連絡をくれた友人たちに感謝。

本当は、会えなかったはず。

広島で訃報を聞いたら、車を飛ばして危なかったかもしれない。

そんな大切な友達。。。。

悲しすぎるけど、最後のお別れができただけ、私は「幸せ」なんだと思う。

 

 

本当に、明るく面倒見のいい、いつでも同窓会の幹事役をしてくれてました。

田舎に帰ると「一緒に飲みに行こう」とよく誘ってくれました。

いつだって、県外に出た、私たちが集まる幹事は、「恵ちゃん」でした。

 

「恵ちゃん、恵ちゃんがいなかったら、誰が同窓会してくれるの!!!!」

あんなに健康だったのに、あんなに笑顔だったのに・・・・

みんなより、早く言って、向こうで同窓会場探しておくのかな・・・?

準備が早すぎるよ。

みんな、まだ準備できてないよ。

同窓会は、もう少し先でしようね。。。。。

また、会おうね。恵ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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さよならスティック。

2020/07/11

 

 

soraが通っていた「しつけ教室」の先生の愛犬

シェルティーの「スティック」が亡くなりました。15歳2ヶ月でした。

スティックは、先生にとっては、愛犬というより

「バディー」と言った方が、ぴったりな子でした。

 

しつけ教室をする先生の傍らで、何度も見本のデモンストレーションをして

大人しくて、賢い子でした。

スティックのデモンストレーションで、やるべきことが本当によくわかりました。


他のワンちゃんと、トラブルこともなく、ぴったり先生に寄り添っていました。

 

 

soraは生後9ヶ月の時から、遅ればせながら「しつけ教室」に通っていました。

訓練してる先生を見てるスティック。
「こうやってするのよ」と見せてくれました。

服従訓練の時も、さすがスティックは「ダラリ〜〜〜〜ン!」

soraにとっては「服従訓練」は一番嫌いなものでした。
バタバタバタバタ!!!!!

「スティック先輩、よくあんなにできるな〜・・・・」

 

晩年は、てんかんを起こすようになり、胆嚢全摘手術をうけ、

その後の脳梗塞も・・・・

と、病気に見舞われましたが、先生の手厚い介護のおかげで

最後の最後まで、一緒にいてあげられて、良かったです。

コロナで、大変な時期でしたが、先生一家とスティックにとっては

濃厚な最後の時間を一緒に過ごせたことは「幸せな時間」だったのではないでしょうか。

 

スティック先輩!色々教えてくれて「ありがとう。」
今は体も楽になって、
また、みんなの前でデモンストレーションできるね。
また、いつか会おうね。

 

 

 

 

 

 

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志村けんさん死去

2020/3/30

 

 

朝soraと散歩してたら

「志村けんコロナの闘病力尽きる」と速報が入ってきた。

嘘でしょう!

ものすごい衝撃があった。

コロナにかかったとは、聞いていたけど、なくなるようなことになるとは思っていなかった。

みんなそうでしょうけど。。。。

 

知り合いでもなんでもないけど、

日本のほとんどの人が亡くなったことによって

「コロナ」という病気が、

いかに怖いものかを思い知らされる事になったんじゃないのだろうか。

 

志村けんさんは、晩年の穏やかな顔が、私の亡くなった父に似ていた。

子供の頃、荒井注の後に入ってきた「若い人」という感じが強かった。

お笑いの姿は、そんなに興味はなかったけど

晩年の穏やかな姿が、あまりに父に似ていて、勝手に親近感を抱いてました。

 

まさかご本人も「コロナウイルス」で亡くなるとは思っていなかったでしょうに・・・。

偉大な功績を残された「志村けん」さんに、敬意を込めて

心からご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

 

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星になったエミィちゃん。

2020/3/14


長い間、白血病と戦っていた、

ボーダーコリーのエミィちゃんが亡くなったと、

お母さんからメールをいただきました。

本当に笑顔の可愛い子でした。

お家が近かったのですが、病気があって

なかなか、散歩で遊ぶことが叶いませんでした。

これは、初めてエミィちゃんと会った時です。

お花だけお供えにと、直ぐ帰るつもりで

お宅にお邪魔させていただいたのですが

「どうぞ、エミィに会ってやってください。」と、お家にあげてくださいました。

エミィちゃんは、お布団の上に、たくさんのお花と共に、横たわっていました。

たくさんの「笑」が、ある様にと付けられた名前「エミィ」ちゃん。

きっと、パパとママに、たくさんの「笑み」と「幸せ」を残してくれたことでしょう。

そっと、エミィちゃんを撫でると、もう、冷たくなっていて、

大きさ的にもsoraと同じくらいなのに、手足が大きく、

その手も冷たく、それが尚更、悲しみを「死」を感じさせてしまいます。

 

お母さんは、気丈に振る舞い、たくさんのエミィちゃんのお話をしてくださいました。

お父さんにとっては、初めてのワンちゃんだったらしく、本当に寂しそうでした。

大病を持って、それと共存しながら、治療もしながらも、

何度も奇跡を起こしながら生活してましたね。

 

 

帰って、うちでsoraを抱きしめると、

温かく「生きてるんだ」と感じ、生あることへの感謝が湧き起こりました。

 

夕方、カール君が遊びにきてくれて

同じ格好で寝てる姿が、微笑ましく

同じ格好で、今日横たわっていた「エミィちゃん」と、重なりました。

いずれ来るsoraとの別れに

私は、あんなにエミィちゃんのママみたいに気丈に話せないな。きっと、いや絶対。

多分、やるべき事は、したあげたという思いからか、気が張ってるのか。

どちらにしても。大変な時に

対応してくださって、ありがとうございました。

まだ、しばらくはエミィちゃんは

元気になった体で、パパとママの周りを

走り回っているでしょうね。

 

よく戦いましたね。

お疲れ様でした。エミィちゃん。

まだ、13歳になったばかりだったのに

心からのご冥福をお祈りします。

そして、今度は「元気な体」でまた、生まれておいで。

 

エミィちゃんのブログはこちら。

 

 

 

 

 

 

 

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